心理的安全は己が内より発する

tapir320.hatenablog.jp

何かで使えるかなーと流し読みしてたら

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思いの外反応が悪い。

前提として、今後同じ部署で働くメンツのお互いの自己紹介兼ねて、お互いのスタンスみたいなのを明確にしたんだと解釈している。新入りさんを取り囲んで質問攻めにしたりしているわけではないはず。そうであれば以下の話も成り立たない。全社員の前で発表ッみたいなノリだとだいぶ厳しいな。

自分の経験から、チームにとってお互いを知ることはプラスになると思う。なので、そういう場を最初に持ってしまうのは理にかなってるかと思った。前のチームでもお互いの前職とか技術に対するスタンスとか話す機会があって、やりやすくなったように思う。

反応を見ていると、ちゃんとした事を言わないといけない圧みたいなものがあるように思う。これは思うに、日本社会では率直な物言いが嫌われる、建前主義な所があるからではないだろうか。つまり、心理的安全がない。

心理的安全というのは、本音を言ってもOKな空気という感じの意味で自分は理解している。この本に出てくる。

心理的安全があれば、こういう話でも率直に「俺は絶対定時に帰って家で色々やるのが一番のホビーファーストだぜ!」と言えそう。多分。それで否定されないのが心理的安全なので。そこからお互いのスタンスを知ってお互い尊重してやっていこうという事だろう。

件の本で、心理的安全はチーミングにとって重要と言われていて、リーダーが頑張って作れみたいな趣旨だったように思う。けど、これを読んだ上で自分が感じたのは、まず自分もやってみなきゃはじまらんということだった。

我々は日本社会の同調圧力のイメージから、つい非寛容さを内在化させて圧力を感じてしまうように思う。けれども、それは実際は気のせいなのではないだろうか。自分がいろいろな物を許容できるように、相手に許容してもらう事に期待できないだろうか?

自分も率直に物を言うのは怖いし、誰だって否定はされたくない。しかし相手も同じ立場の人、信じて一歩歩み寄る事はできないだろうか。そうして己からも心理的安全を発信していく方が良いのではないか。


というような事を思っていたんだけど、まぁそもそもチームビルディングして生産性を上げようという共通認識があるか?というのはあるな。別に仕事なんて適当でいーじゃんというのも同意できる。さらに、世の中いろいろな人がいるので、わざわざぶつかっていって必ずすり合わせができるかというのも難しい。

あと、こんな感じで何でもしゃべってると「アニメ週に4本見てるとか時間の無駄では?年に1,000時間くらい無駄にしてるし、その時間を勉強すればいいのにしないのはなぜ?」というある種正論に打ちのめされる事もあった。人生とはなんだろう。人はパンのみに生きるにあらずんば、ケーキもあれば事足りようというのだろうか。

なんというかタフさが求められるし、各々いい感じのやっていきをすればいいんだッという感じでした。